主張(特集)福島第一原発をめぐる状況
日本から世界へと広がっている放射能汚染
「レベル7」となった福島原発事故
2011年3月11日、太平洋東北沖で発生したM9.0の巨大地震とそれに伴う巨大津波が東北、関東の太平洋沿岸を襲った。その直撃を受けた東京電力福島第一原発は、冷却能力を失い炉心が露出し、水素爆発、火災、格納容器損傷の疑い等、制御出来ない事故の連鎖となった。空、陸からの放水で冷却したが、冷却機能は回復せず、炉心溶融の瀬戸際が続き、放射性物質が空気中に飛散し福島県を中心とする広範な陸地を汚染し、大量の汚染水が海に垂れ流された。4月12日、ついに日本政府はチェルノブイリ原発事故と同等の「レベル7」であると表明した。
放射性物質の放出量が37万テラベクレル(原子力安全・保安院)、63万テラベクレル(原子力安全委員会)といった推定でレベル7としたと報道されたが、初期の段階から水素爆発、火災が連続し、放射性物質は既に大量に飛散、すでに周辺の土壌、福島のみならず東北関東の各都県で、野菜、水等での汚染、さらに海産物にも放射性物質が検出されていたのである。「唯一の被爆国」から、原発被爆が国内と周辺海域、さらに地球規模にまで拡大しようとしている。
他方復旧作業に従事した東電の下請・孫請け企業の労働者は、線量計すら不足する中で作業に従事させられ被曝した。復旧、汚染除去作業の現場では、「協力企業」という下請・孫請け企業の非正規労働者が安全対策も欠如したまま命の危険にさらされながら労働を強いられている。
危険性の指摘を受けとめなかった
東電、保安院などの責任者
東電等は今回の地震・津波の規模を「想定外」と言い逃れしようとしてきたが、危険性は以前からさまざまに指摘されていた。しかし東電等はこれを受け止め対策を立てることをしなかった。
今回の重大事故をもたらした主な原因は津波がせいぜい5m程度としか予想していなかったことである。実際の津波はこれをはるかに超えて14〜15m以上となり、冷却用の外部電源、非常用電源が断たれ、その後の放射性物質拡散の負の連鎖へ急速に進んだ。2004年のスマトラ沖地震・津波の分析や対策不足の警鐘を経て、2009年経産省の審議会では869年(平安時代)の貞観地震・津波について産総研から研究結果が報告された。そこでは大津波が福島原発を襲う可能性が指摘されたが、この警告をまともに議論せず、曖昧なまま棚上げにしてしまった。
また「原発震災」(石橋克彦神戸大名誉教授の命名)の警告も無視した。原発建設を開始した1960年代、70年代はまだ日本列島は地震の「静穏期」、それ以降「活動期」に入り、「静穏期」の予測・想定を超える地震が各地に発生、「静穏期」の基準で建設された原発については、予測を遙かに超える「原発震災」を想定しなければならない、との指摘である。これに対して、2006年改訂された「新指針」でも既存の原発が1基も不適格にならないようになっており、何ら対策はとられなかった。
浜岡原発停止
今すべての原発が問われている
5月6日、菅直人首相は中部電力浜岡原発の現在稼働中の2基を含む全原子炉をの停止を要請し中部電力もこれを受け入れた。浜岡原発直下で発生すると想定される東海地震が、今後30年以内に発生する確率は87%とされていることが今回の要請の根拠としてあげられている。ただし津波対策などで中部電力が2〜3年後の完成を目指している防潮堤の新設までを期限としている。
日本各地の原発運転差し止めを求める住民の訴訟の中でも地震・津波の危険性の指摘はあったが、ほとんどは敗訴している。
稼働中の原発の運転を差し止める唯一の判決は、北陸電力志賀原発での2006年3月金沢地裁判決であり、志賀原発は、M6.5の想定を超える地震では外部電源、非常用電源の喪失、緊急時の冷却装置の故障、炉心溶融等が起きる可能性が大きいとしたもである。(判決後の2006年9月、国は耐震指針の改定、北陸電力が補強工事等を行ったため、高裁で逆転、最高裁で住民側敗訴となった。)今回の福島事故は金沢地裁判決の指摘した危機が現実化したものであり、各地で運転差し止めを拒否した裁判所の責任も同時に問われている。地震・津波の被害は、原発事故を伴った場合、破局的な回復不能の被害になるという指摘は、福島で現実のものになった。今すべての原発について政府、司法、電力会社は問われている。
1970年代から本格化してきた原発建設について、推進派は政府、自治体、政党、経済界、研究者、マスコミ、地域住民などに対し反対派を抑え込みながら原発「安全神話」のもと、警告を無視できる体制を作り上げてきたのである。
東電と癒着し原発推進した東大の「原子力専門家」の果たした役割
寄付講座を廃止せよ
政府の「原子力委員会」「原子力安全委員会」「原子力安全・保安院」のメンバー、東電の幹部などが入れ替わり立ち替わりマスコミに向かって「事故は想定を超えた津波の規模による」。しかし「安全性は保たれている」「冷静に」を繰り返して来たが、その間に事態は悪化の一途をたどってきた。これら組織の「要職」を占めているのが、東大(あるいは京大等)工学部の教授、元教授、そして卒業者達、いわゆる「原子力ムラ」の住人である。東京電力と東大工学系研究科の癒着ぶりはすでにマスコミの上でも表面化し批判されている。04年「法人化」以降、「外部資金」の拡大をめざした東大は、企業からの「寄付講座」を飛躍的に増大させ、東京電力は東大に5億円もの資金を注入している。原発推進政策を進め、警告を無視して今回の事故に至らしめた彼らの果たした役割・責任は重大であり、徹底して追及しなければならない。
同時に、このような癒着構造を生み出している東大における寄付講座は、廃止させなければならない。
放射性物質の飛散を止め、被ばく下での労働と生活を守る法制度を国際的・国内的に整備させよう
1945年のアメリカでの最初の核実験以来、アメリカによる広島、長崎の原爆投下、大戦後の米ソ冷戦下の核実験で全世界は放射性物質にさらされてきた。さらにスリーマイル島、チェルノブイリ、そして福島と原発事故による被爆・被曝が繰り返されている。原発も原爆も原料はウランやウランとプルトニウムの混合物(MOX)。それに中性子をぶつけてエネルギーを取り出し、「死の灰」としての放射性廃棄物を生み出すことに変わりない。
放射性物質の人に対する影響は生きる限り続くとこれまでも強く警告され続けてきた。
25年前の1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の現場は、現在も強い放射線を発し、さらに崩壊の危険にさらされているという。
これ以上の放射性物質の飛散・漏出を止めさせ、拡大し長期化するまき散らし、垂れ流しによる汚染防止の方法と対策を作り上げていかねばならない。住民・労働者が自らの生命・生活を守る指針・対策は国内的にも国際的にも明確なものとして法整備されてはいない。全世界的規模で生きてる限り続く放射性物質の危険性から呪縛を国際的な視野の中で打ち返していかねばならない。